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2024年10月20日「モノには順序がある」

2024年10月20日「モノには順序がある」

モノには順序がある

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(マタイ6:33)

 何事にも順序があります。仕事をするにも、料理をするにも、順序を間違えるととんでもない結果になります。勉強もスポーツも音楽も、自分に合ったレベルから徐々にステップアップしてゆかなければ、挫折してしまうでしょう。

 イエス様は「まず神の国と神の義を求めなさい」と言われました。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる、と。「これらのもの」とは衣食住をはじめとする私たちのすべての必要です(マタイ6:19~31)。ハレルヤ!! 主を讃えます!! では神の国と神の義とは一体何でしょう? 教会を第一とするということでしょうか? もちろんそれも素晴らしいことです。けれども、この聖句はそう単純な話ではありません。私たちは生きてゆく中で判断に迷うことがしばしばあります。そのときどんな基準で、何を選ぶかという話しなのです。

 神の国とは神が支配される場ということです。イエス様は「神の国はあなたがたの只中にある」と言われました(ルカ17:20~21)。たとえば、教会では何をするにもまず祈って始めますよね。これは素晴らしいことです。そしてこれは「物事がうまくゆきますように」という願いではなく(勿論それも含まれますが)、主をその場にお迎えする祈りなのです。私たちが何よりも先ず求めるべきは「主の臨在」です。それは教会内に限りません。あらゆる場で主の臨在を求めて祈る。その時、神の国がそこに訪れるのです。

 では神の義とは何でしょう? 神の義の反対は「自分の義」です。自分の義とは「私のほうが正しい」「私が傷つけられた、許せない」「私が納得できない」、、、。実に世の争いは戦争から夫婦喧嘩に至るまで「自分の義」のぶつかり合いです。けれども「神がご覧になったなら、果たして何が正しいのだろう」と自分の義をいったん脇へ置くならば、神の義が顕されます。人の怒りは神の義を全うしません(ヤコブ1:20)。

 「義と平和と聖霊の喜び、それが神の国です(ローマ14:17)」。いつも御霊に満たされて喜び、平和をつくり出しましょう。私たちが遣わされるすべての場に、神の国が到来するよう、祈り求めてゆきましょう。(よ)

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