2024年11月24日「正直とわがままの違い」
2024年11月24日「正直とわがままの違い」
正直とわがままの違い
「彼(悪魔)が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。」(ヨハネ8:44b 口語訳)
先日、礼拝説教で「立派なクリスチャンになろうと思わないで、正直なクリスチャンになってください」と申し上げました。これは新宿シャローム教会の富田牧師が常々おっしゃっていた言葉です。ただ、その後、少し補足する必要を覚えさせられました。それが本日のテーマです。
クリスチャンとして正直に生きる、とはどういうことでしょうか? 御言を実行できない自分を正直に認めることです。たとえば、職場の同僚で、どうしても衝突しがちな人がいるとします。御言は「あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。(ローマ12:18)」と私に語っています。けれども、どうしても許せない、我慢できない、、、。そのとき皆さんはどうしますか?主の御前にひとり進み出て、正直に主に申し上げるのです。「主よ、私は〇〇さんを許せません。だって、あんなひどい態度です。職場のみんなが迷惑しているんです。私だけじゃありません。悪いのは〇〇さんです。そうでしょ、イエス様!」。けれども、主と時間を過ごす中で、主からの語りかけが聞こえてきます。「確かにあなたの言う通りかもしれない。でも私は、あなたをあの職場に遣わしたんだよ。あなたは平和をつくりだすことができるはず。私はあなたに期待しているんだよ、、、」と。そのとき、葛藤がありながらも、「わかりました、、、主よ。やってみます。〇〇さんを愛します。力を与えて下さい。」これが正直に生きるクリスチャンだと思うのです。
では、わがままとはどういうことでしょうか? 御言が何と言っているか、なんて関係ない。私は自分の心に正直に生きる。腹が立ったら怒る、、、。これは正直なクリスチャンではありませんね。ただわがままなだけです。これでは御霊の実を結ぶことはできません。本日の御言にある「悪魔が偽りを言うとき、いつも自分の本音を吐いている」を、戒めとして聴きましょう。自分の弱さを率直に認めつつ、主の御前に正直に歩んでゆきましょう。(よ)
