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2024年12月8日「苦難を乗り越えさせる喜びの力」

2024年12月8日「苦難を乗り越えさせる喜びの力」

苦難を乗り越えさせる喜びの力

「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」(ヘブル12:2 新改訳2017)

 アドベント(待降節)第二週目を迎えました。アドベントは主の御降誕を覚えると共に、私たちにとって主の再臨を待ち望むシーズンでもあります。イエス様は「私はすぐに来る(黙示22:20)」と言われ、いにしえの聖徒たちは「マラナ・タ(主よ、来てください)」と日々祈りました(Ⅰコリ16:22)。さらに主は「その日には、あなたがたがわたしに問うことは、何もないであろう。(ヨハネ16:23)」と言われました。ですから再臨のその日には、私たちの疑問、不条理、不可解な事がらはすべて氷解し、私たちの目の涙はことごとくぬぐわれるのです(黙示7:17)。ハレルヤ!!!

 主の再臨の希望は、私たちに苦難を乗り越えさせる力を与えてくれます。私たちが生きてゆく中では、思いがけない苦難が襲ってくることがあります。健康上の問題。経済的な問題。日々の仕事上のトラブルもあるでしょう。職場や学校、家庭での人間関係がギクシャクすることもあります。ことにSNSがさかんな現代では、ちょっとした一言が、大きな衝突に発展しかねません。ですからこの時代は、きわめてストレスの多い、心をすり減らす時代と言えます。私自身、営業マンとしてノルマを背負い、懸命に得意先を回りながらも一向に成果が出ず、打ちのめされてトボトボと歩くこともしばしばでした。けれども、そんなとき「イエス様は再び来られる。主よ、来てください」と天を見上げて祈りました。再臨の希望は私に、苦難を乗り越えさせる力を与えてくれました。

 「宗教は現実逃避だ」と非難する人がいます。けれども、事実は逆で、天の希望は現実を生きる力を与えてくれます。イエス様は、あの苦しい、恐ろしい十字架刑をどのようにして耐え忍んだのでしょうか?本日の御言によれば、その先に置かれている喜び、すなわち復活して天に挙げられ、父の右の座に着座する喜びのゆえに、辱めをものとせず十字架を忍ばれたのです。アーメン!!! 私たちも天を見上げ、救い主を待ち望みつつ、日々の現実を生き抜いてゆきましょう!!!(よ)

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