私たちは聖書を信じるプロテスタントの教会です。          【教会目標】 キリストの愛が満ち 福音宣教に生きる教会

2024年5月26日「天の父の心を知って生きる⑧」

2024年5月26日「天の父の心を知って生きる⑧」

天の父の心を知って生きる⑧

「盗んではならない。」(出エジプト20:15)

 盗むことを禁ずるのは、殺人の禁止と同様、人間社会の秩序維持のために不可欠な戒律でありましょう。「盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。」(エフェソ4:28)とある通り、まずは素直に、この戒めを心に留めたいと思います。盗みも(他の罪と同様)エスカレートしてゆきます。以前の職場の話ですが、最初はほんの小さな不正が、「ごまかせる」と分かった途端、止められなくなって、やがて大きな不祥事となって発覚する横領事件を何件も見てきました。「決して他人事ではない」と自戒したいと思います。

 さらに盗むことに関して、マラキ3章8節には「人は神の物を盗むことをするだろうか。しかしあなたがたは、わたしの物を盗んでいる。あなたがたはまた『どうしてわれわれは、あなたの物を盗んでいるのか』と言う。十分の一と、ささげ物をもってである。」とあります。つまり、収入の十分の一は神のものであるから、それを献げないことは盗みだ、と。この聖句を私たちはどう受けとめたら良いのでしょうか?

 イエス様は十字架の上で私たちのすべての罪と呪いを受けてくださいました(ガラテヤ3:13)。ですから十分の一を献げなくても、もはや呪いが来ることはありません。ハレルヤ!! そして献げたなら祝福が来ます。私たちが十分の一を献げるとき、主は天の窓を開いて溢れる恵みを注いでくださると信じます。(マラキ3:10)

 実のところ、私たちは御子イエス・キリストの血によって買い取られたのです(使徒20:28新改訳)。かつては「自分の命(人生)は自分のものだ」と思って、自分中心に生きてきました。けれども今や私たちは主のものとされました。ですから私に与えられた能力、時間、経済、すべては主のものであり「私はその管理を任せられている」という人生に対する理解が大切です。そして主のものであるゆえに、主が私たちの人生に責任を負ってくださるのです。何も心配は要りません。

 時に、恐れや不安が襲ってくることがあるかもしれません。けれども、自分の力で何とかしようともがくことは、主の手から取り返す(盗む)ことです。ただ主に頼り、忠実な管理人として人生を歩んで参りましょう。(よ)

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