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2024年6月9日「天の父の心を知って生きる⑩」

2024年6月9日「天の父の心を知って生きる⑩」

天の父の心を知って生きる⑩

「あなたは隣人の家をむさぼってはならない」(出エジプト20:17 口語訳)

 この第十戒についてパウロはローマ書7章で体験的に語っています。「しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったでしょう。たとえば、律法が『むさぼるな』と言わなかったら、わたしはむさぼりを知らなかったでしょう。」(ローマ7:7b)そして、むさぼるなという戒めが、ますますパウロの内にむさぼりを起こさせ、「わたしは自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。」(ローマ7:15)「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。」(ローマ7:24a)とまで言わせました。

 むさぼり、とは欲望をどんどんエスカレートさせてゆくことです。聖書は、欲それ自体が罪であるとは言っていません。しかし、欲をむさぼり続けると、やがて罪の領域に入ってゆき、それでもむさぼり続けるなら最終的には死に至る、と警告しています。「欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生み出す。(ヤコブ1:15 口語訳)」 ではいったいどうすれば良いのでしょうか? パウロはローマ書8章でこう述べています。

「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。」(ローマ8:1~2)

 直前の7章では、むさぼりの罪と格闘して、ほとんどノイローゼ状態とも思えるパウロが、8章に入るや否や、突然、人が変わったように歓喜に満たされ「私は罪と死の法則から解放された!!!」と声高らかに宣言するのです。いったい何が起きたのでしょう?

 神の霊、すなわち聖霊に満たされたのです。肉の力、すなわち自分の力で罪と闘おうとしても、敗北するばかりです。しかし御霊に満たされるなら状況は一変します。罪に誘われ、もがき苦しむとき、「主よ!」と天の助けを呼び求めましょう。たとえ私たちの力は弱くとも、どう祈ったらよいかわからないほど弱り果ててしまっていても、主の御霊は私たちのうちにおられて、切なるうめきをもって執り成してくださいます(ローマ8:26)。ハレルヤ!!! 主を賛美し、祈って、御霊の満たしを求めましょう。(よ)

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