2024年7月14日「聖書の教訓③ 失敗したときは一刻も早く」
2024年7月14日「聖書の教訓③ 失敗したときは一刻も早く」
聖書の教訓③「失敗したときは一刻も早く」
「わが子よ、あなたがもし隣り人のために保証人となり、他人のために手をうって誓ったならば、もしあなたのくちびるの言葉によって、わなにかかり、あなたの口の言葉によって捕えられたならば、わが子よ、その時はこうして、おのれを救え、あなたは隣り人の手に陥ったのだから。急いで行って、隣り人にひたすら求めよ。あなたの目を眠らせず、あなたのまぶたを、まどろませず、かもしかが、かりゅうどの手からのがれるように、鳥が鳥を取る者の手からのがれるように、おのれを救え。」(箴言6:1~5)
私は35年間の職場生活の中で何度も失敗してきました。私が20代の営業マンだったころのことです。本社からさまざまな報告書類の提出を求められるたびに、「こういう内向きの仕事が営業活動を妨げるのだ」などと生意気にも本社を批判していました。そして、いつか本社に指摘してやろう、と思っていました。あるとき、全営業マンに対して現場の在庫を調査するよう指示が出されました。こういう調査は過去にもよくあったのですが、このときは提出期限が少し短かったのです。私は「これはチャンス」とばかり、日ごろから溜まっていた本社に対する批判をぶちまけました。「こんな調査報告は営業活動を妨げるものだ。そもそも提出期限が短すぎる。こういう内向きの仕事ばかりさせられるから、営業成績が伸びないのだ」といった内容のメールを(よせばいいのに)全員に返信したのです。
大騒ぎになりました。本社の責任者が怒鳴り込んできました。私は慌てました。そのとき突然、私の内に響いてきたのが本日の聖句でした。すぐに私は本社の方々、関係各署の方々にお詫びして回りました。直接会えなかった方には電話をしました。この時の経験は、のちのち私にとって大きな教訓となりました。
怒りに任せて行動すれば、ろくなことになりません。それも学びました。けれども、どんなに気をつけていても、残念ながら人は失敗やミスを犯します。そのとき大切なことは、素直に自分の非を認め、一刻も早くリカバリーのための行動を起こすことです。これは勇気が要ることですが、主の助けを求めつつ、逃げないことです。失敗した時は「一刻も早く」です。(よ)
