2024年7月7日「聖書の教訓② 成果ではなく、その人を愛する」
2024年7月7日「聖書の教訓② 成果ではなく、その人を愛する」
聖書の教訓②「成果ではなく、その人を愛する」
「七十二人は喜んで帰って来て、こう言った。『主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。』・・・・・しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。』」(ルカ10:17、20)
私は支社長を務めていた6年半の間、毎年、支社メンバー全員(約60名)と面談しました。そこでの話題は仕事上のことよりも、むしろその方自身についてでした。健康上の問題、子どもの問題、親の介護、、、等々、皆さん、さまざまな問題を抱えておられました。そしてお聞きした課題について、私は個人礼拝の中で祈りました。深刻な問題の場合はその場で祈りました。
職場で上司が部下と面談する場合、ほとんどが業務上の課題であり、通常プライベートなことには一切触れません。それは大切な境界線であり、むやみに踏み越えてはならないのは言うまでもありません。ただ私は、私に委ねられた人々が幸せな職場生活を送ってほしいと心底願っていました。それがこの職場に遣わされた私の使命だと受け取っていたからです。その気持ちが伝わったのでしょう。面談では皆さん(問わず語りに)嬉々として話してくれました。もちろん、私も秘密を守りました。
冒頭の御言はイエス様が72人の弟子たちを宣教に遣わし、彼らが働きを終えてイエス様に報告する場面です。弟子たちは興奮して言いました「イエス様、喜んでください!! あなたの名を用いると悪霊さえも屈服しました!!」 けれどもイエス様は宣教の成果以上に、彼ら自身に関心を持っておられました。なので、宣教の実りではなくむしろ「あなたがたの名が天に記されていることこそ、喜ぶべきことだよ」と言われたのです。
「働く」ということは大変なことです。ましてや「良い成果を出す」ということは容易ではありません。ですから私たちは成果にばかり関心が向きがちです。部下の顔を見るなり「あれはどうなった」「これはどうなった」と追及ばかり、、、。しかしこれでは誰しも次第にやる気を失ってしまいます。けれども、その人自身を愛することは、実は最大の成果を生む秘訣です。これはきれいごとではなく事実そうなのです。(よ)
