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2024年9月1日「聖書の教訓⑩ ファーストペンギンになる」

2024年9月1日「聖書の教訓⑩ ファーストペンギンになる」

聖書の教訓⑩「ファーストペンギンになる」

「しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。』そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。」(ヨハネによる福音書8:7~9)

 ファーストペンギンという語があります。ペンギンは集団で行動しますが、群れの中から天敵がいるかもしれない海へ、魚を求めて「最初に飛びこむ1羽のペンギン」のことを指します。最初の1羽が飛び込むと次々に飛び込むことから、その勇敢なペンギンのように、リスクを恐れず初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主を、米国では敬意を込めてファーストペンギンと呼ぶそうです。

 本日の御言葉は有名な「姦淫の女」の箇所です。イエス様が朝早く宮に入られると、御教えを聴こうと民衆が集まってきたので、イエス様は座って教え始められました。そこへ律法学者、ファリサイ派の人々が姦淫の現場で捕らえられた女を連れて来て、「モーセはこういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう考えますか?」と問うたのです。これはイエス様を陥れようとする罠でした。「石で打て」と言えば、「愛と憐みの人」「罪人の友」という民衆の期待と信頼は一気に失墜します。けれども「赦しなさい」と言えば明らかに律法に反します。どちらを答えても窮地に陥るこの状況を、民衆は不安げに見つめていました。律法学者らは民衆の面前でイエス様を失脚させようと狙っていたのでしょう。

 そして本日の聖句です。このひと言で形勢は逆転しました。まさに神の知恵と言えましょう。けれども最初に立ち去った老人こそが、この罠を打ち破る大きな役目を果たしたのです。私は、この老人は(律法学者らではなく)民衆のひとりであったと思います。彼は、歳は重ねていましたが「幼子の心」を持っていました。それゆえにイエス様の言葉を「私に語られた言葉」と受け取り、恐れず行動できたのです。ファーストペンギンになる勇気は主だけを見上げるときに天から与えられます。私たちも、この老人に倣ってゆきましょう。(よ)

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