2024年9月22日「聖書の教訓⑬ させていただく」
2024年9月22日「聖書の教訓⑬ させていただく」
聖書の教訓⑬「させていただく」
「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。あなたがたが知っているとおり、あなたがたは御国をつぐことを、報いとして主から受けるであろう。あなたがたは、主キリストに仕えているのである。」(コロサイ3:23~24)
先週に引き続き、これも私が十代のころ、深沢教会で教えて頂いたことですが、「奉仕は『してやっている』ではなく『させていただく』ですよ」という奉仕に対する姿勢でした。これは一見、小さな言葉づかいの違いに思えますが、とても有益な教えでした。「してやっている」という心からは、不平、不満が出てきます。「なんで私だけがこんな大変な思いをしなくちゃいけないの?」とか、「あの人は何もやってないじゃない」といった自己憐憫や他者を裁く心が湧いてきます。けれども「させていただく」という心からは、感謝が湧いてきます。この違いは決定的です。同じ奉仕を献げても、結ぶ実が変わってくるのです。ぜひとも私たちは「この奉仕が与えられて感謝だなぁ」と喜びつつ、奉仕したいものです。
さて、実はこのことは教会奉仕に限りません。職場でもまったく同じことが言えるのです。「してやっている」という心からは、「なんで私だけがこんなに苦労しなくちゃいけないの?」といった苛立ち、怒りが湧いてきます。けれども「させていただく」という心で仕事に向き合うなら、感謝が湧いてきます。そしてさまざまな工夫やアイディアが浮かんできて、仕事の喜びを感じるのです。
もちろん、あまりにも過剰な負担は良くありません。そこは調整してもらう必要があるでしょう。けれども、そのような場合でも、日ごろから感謝して、喜んで仕事をしているなら、あなたの要求は通りやすくなります。
そして何よりも重要なことは、私たちが職場で為す仕事、家庭で仕える働き、学校で取り組む勉学や諸活動はすべて、人に対してしているようで、実は主キリストに対してしている業なのです。そして、その報いとして私たちは「主から御国を受け継ぐ」と聖書は約束しています。何と素晴らしいことでしょう!! ですから、私たちが日々為す勤めには永遠につながる意味があるのです。今日も主に仕える心で「させていただき」ましょう。(よ)
