2024年9月8日「聖書の教訓⑪ 祈って決める」
2024年9月8日「聖書の教訓⑪ 祈って決める」
聖書の教訓⑪「祈って決める」
「そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、・・・中略・・・、ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。」(ルカによる福音書6:12~16)
私たちは日々、何かを決めて生きています。今日は何を着て行こうか、お昼は何を食べようか、といった小さな決断から、進学先、就職先、結婚相手といった大きな決断に至るまで、人生は決断の連続です。
何かを決断する場合、ひとからのアドバイスは大切です。進学、就職であれば、幼い頃から私をみている両親、あるいは多くの生徒たちを指導してきた学校の先生の助言は貴重です。さらに結婚、子育て、定年後、親の介護、自分の老後、、、人生のあらゆるステージで、専門家や諸先輩のアドバイスは謙虚に聞くべきです。また「私はどうしたいのか?」という自分の意思も明確にすべきでしょう。
けれども、それら以上に重要かつ素晴らしいことは、創造主が私の人生にプランを持っておられるということです。私たちは偶然生まれて来たのではありません。私に対する天の父のご計画があります(エフェソ1:4)。それは将来と希望を与える計画です(エレミヤ29:11)。ですから決断に際しては父の御心を訊く、すなわち祈ることが何よりも大切なのです。
イエス様は十二人を選ぶにあたって、ひとりで山に登り、祈られました。恐らくひとりひとり名前を挙げながら、父なる神様と相談なさったのでしょう。祈って、祈って、ついに夜が明けてしまいました。そうして選んだのが十二使徒でした。それはイエス様の好みではなく、父なる神様のご意思でした。なぜなら、後にイエス様を裏切ったイスカリオテのユダも含まれていたのですから(ルカ6:16)。けれども、全人類の贖いのためにはユダも十二人の中に選ばれている必要があったのです。このように十字架の死に至るまで従順であられたイエス様を、父なる神様は黄泉に捨ておくことはせず、天の栄光の御座に引き挙げられました。私たちも主のご計画に従って進むとき、必ず主は栄光を顕してくださいます。(よ)
