2025年3月23日「神は何故サタンに許可したのか?」
2025年3月23日「神は何故サタンに許可したのか?」
神を畏れて生きる
「わたしは神に申そう、わたしを罪ある者とされないように。なぜわたしと争われるのかを知らせてほしい。・・・あなたはわたしの罪のないことを知っておられる。」(ヨブ10:2、7a)
先日、日本聖書神学校で作家の佐藤優氏を招いて特別講演会が持たれました。佐藤氏はかつて外務省職員として対ロシア外交で八面六臂の活躍ぶりでしたが、鈴木宗男議員(当時)に関連する汚職疑惑で2002年5月に逮捕され、512日間というきわめて異例な長期拘留を経験します。この事件は「国策捜査」と呼ばれ(佐藤氏を取り調べた特捜検事の西村尚芳氏が「これは国策捜査。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため」と述べたことから)、当時大きな社会問題となりました。佐藤氏以外の容疑者は、身に覚えがなくても、「国策捜査」に抗うことをせず、罪状を認めて行きましたが、彼は最後まで否認し続けたのです。彼は講演の中で当時を振り返って、なぜ自分がそこまで頑張り抜くことができたのか、その理由は「自分は(キリスト者であり)神を畏れているからだ」と述べていました。つまり、神の御前で偽ることはできない、という彼の信仰がその行為に至らせたのでした。
ヨブは全財産と十人の子すべてを一度に失い、自身も全身皮膚病に冒されて、陶器の破片で体中を掻きむしりながら灰の中をのたうち回るという、大変な苦難に遭います。三人の友人はあまりの悲惨さに、「悔い改めよ。神にお詫びせよ。そうすれば神は許してくださるに違いない。早く、神に謝れ!」と進言します。けれどもヨブは頑として謝りません。なぜなら身に覚えがないからです。そうです!この災いはヨブが罪を犯した罰として降りかかったものではなかったのです。ヨブは神に謝る代わりに、神に向かって行きました。「どうしてこんな目に遭わせるのですか?」と、神に食ってかかったのです。その結果、彼は神と顔と顔を合わせて相まみえることとなりました。「今まで私はあなたのことを耳で聞いていましたが、今はこの目であなたを見ます(ヨブ42:5)」
神を畏れるとは、いたずらにビクビクしたり、「さわらぬ神に祟りなし」と、遠巻きに自分の身を置くことではありません。私たちは恐れずに神に近づきましょう。神はそれを望んでおられるのです。(よ)
