2025年3月30日「責任ある生き方」
2025年3月30日「責任ある生き方」
責任ある生き方
「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」(マタイ13:44)
三年半前、深沢教会が四度目の無牧になるという話を人づてに聞きました。その時、「主が私を呼んでおられるのでは」と感じました。このことを新宿シャローム教会の富田牧師にお話ししたところ、富田牧師は「主よ、この思いがあなたから出たことでしたら、どうかすべての扉を開いて下さい。もしそうでないなら、この思いは御手にお返し致します」と祈られたのです。この祈りで私は勇気づけられました。「そうだ!主の御心なら扉は開いてゆくのだ。そうでないなら途中で進めなくなるだけのことだ。よし、行けるところまで行ってみよう」と思ったのです。そして日本聖書神学校を受験し、入学が許可されました。2022年2月のことでした。4月になり、会報に私の名前があるのを見て林先生が声をかけて下さいました。そして7月10日教会設立記念礼拝で初めて説教奉仕させて頂き、皆さまの祈りのうちに、少しずつ導かれてゆきました。
当時私は56歳で、仕事を続けながら神学校に通い、60歳定年まで勤めるつもりでした。ところがその年の10月、早期退職の募集が始まったのです。私は、あつかましくも林先生に「無給で結構ですから牧師館に住まわせて頂けないでしょうか。掃除でも何でもやりますから」とお願いしてみました。もし牧師館に住めれば、自宅を賃貸に出して、職場を退職しても何とかやっていけるのでは、と考えたからです。まったくあつかましい話です(笑)。
その後のことは皆さんご承知の通りです。どうか自慢話と取らないで下さい。私が申し上げたいことは、「待っていてはダメな時がある」ということです。
本日の御言に登場する、畑に宝があることを知ったこの人は、誰にも知られないように、黙って全財産を投じてその畑を買いました。何としてもその宝を手に入れるためです。天国とはそれほど価値あるものだ、とイエス様は言われたのです。私たちも自分の人生を主の御心に投じてゆこうではありませんか!
責任とは英語でresponsibility(応答する能力)です。責任ある生き方とは主の招きに応答して生きるということです。主の招きに応えてゆきましょう。(よ)
