私たちは聖書を信じるプロテスタントの教会です。          【教会目標】 キリストの愛が満ち 福音宣教に生きる教会

2015年12月27日 「キリスト式耐震工法」

2015年12月27日 「キリスト式耐震工法」

【聖 書】ルカによる福音書6章46~49節

【説 教】齋藤 朗子牧師

【説教要旨】

「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」(ヨハネ3:16-17)
 イエス・キリストは、十字架で死に、三日後に復活され、それを通して全人類を救い、永遠の命を与えるためにこの世に来られました。クリスマスは、このキリストを通して示された神の愛を喜び祝う時です。イエス・キリストは、ご自身の全く自由なご意思で自分を無にして人々に仕え、命すら捨てると決断し、具体的な「行為」を通して神の愛をこの世に示されました。聖書は、単なる感情や雰囲気ではなく主体的な行為である神の愛を、私たちに伝えています。 
 私たちもイエス・キリストの弟子としてそのみ言葉を「聞き」、そして「行う」ならば、十字架の上で敵を愛し罪を赦されたご自分のようになることができるとイエスは言われます「だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる」のです(ルカ6:40)。 
 ところが、私たち人間は生まれつきには敵を赦すほどの愛を持っておらず、反対に、敵に対する怒り、憎しみ、恐れ、裁きの感情に縛られ苦しみます。しかし、み言葉を「聞き」、自分を顧みるならば(6:41-42)、神の目には自分も敵も同じように弱く、愛の足りない不完全な存在であることに気付くでしょう。そして、自分も敵も同じように神の愛を受け、赦され生かされていることを知るでしょう。こうして初めて、私たちは自分の自由意思で敵のために祈り、祝福し、親切をし、与え、赦し、諭すという「行い」をなし得る者、真に自由な者へとなれるのです。
 イエスのみ言葉を「行う」ところには「良い実」が生じます(6:43-45)。ガラテヤ書5:22-23には「霊の結ぶ実」として「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」があげられていますが、敵を愛する愛は、愛してくれる人を愛するところに「あたりまえに」生じる愛ではなく、み言葉を「聞き」、神の霊(聖霊)の助けによってそれを「行う」ところで結ばれる実なのです。
 イエス・キリストの教えを聞き、行うことで、私たちは様々な不幸(20-23節)や、人間関係の問題(27-42節)といった衝撃に耐える、土台のしっかりした家になることができます。聖霊の助けをいただきつつ、ますます強い信仰者へと成長させていただきましょう。キリストの言葉は真実で、必ず実現します。


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