2016年10月2日 「あれは違反だ!」
2016年10月2日 「あれは違反だ!」
【聖 書】ルカによる福音書13章10~21節
【説 教】齋藤 篤牧師
【説教要約】
「神の国とはこういうものである」と、主イエスは語られました。そして2つをモティーフにして神の国(価値観)を表現します。ひとつはからし種、もうひとつはパン種(酵母)です。からし種は0.5mmほどの小ささですが、3mほどにも成長する植物です。成長したからし種の木には、鳥が巣を作って憩う場がつくられます。また、パン種はご存知の通り、生地が発酵によって大きく膨れ上がります。どちらも、成長・伸長・増大・増殖をイメージさせる、どちらかと言えば良い印象を私たちに抱かせます。
しかし、主イエスがこれらの例え話を良い意味で語られたかというと、実はそうではないのです。巣をつくる鳥は、成長を阻む存在として描かれ、パン種は悪い影響がはびこる象徴として用いられているのです。成長には痛みや苦しみ、悪魔の抵抗が生じるのだと、主イエスは人々に伝えたかったのです。つまり、神の価値観がこの世界に広がるときに、しばしば神の価値観と衝突するものがあります。それは何でしょうか。私たち人間の持つ価値観です。
私たちは聖書の言葉に聴きます。神の示す価値観というものに、時には同意し、共感し、その通りに従いたいと思うでしょう。しかし、その逆もあります。私たちの価値観と神の持つ価値観が相いれない時、私たちはいとも簡単に神の価値観を拒否し、都合よく解釈し、自分自身を正当化するために、神の価値観を変容させてしまうのです。それが人間ならば誰でも持つ価値観なのです。
18年間腰の曲がった、生活の不自由を感じていた女性に、主イエスは安息日の会堂で病を癒されました。女性は久々に空を見上げる嬉しさに接し、神を賛美します。しかし、会堂長はそれを受け入れることができません。安息日の癒し行為は律法違反だとします。しかし主イエスは、神の価値観を全面に展開します。神の国に示された神の思いは、人々が主を賛美し、あがめることです。その価値観に立たずして、どうするのか、と。安息日であろうとも家畜に水をやることを正当化する人間の姿に釘を刺しつつ、主イエスは神の御心に生きる本質の姿を、改めて提示されたのです。