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2023年2月26日「三つの誘惑」

2023年2月26日「三つの誘惑」

【聖書】 ルカによる福音書4章1~13節

【説教】 鷺谷 義和神学生

【説教要旨】
 聖書は、人間は肉体と魂と霊を持つ存在だと教えています(第一テサロニケ5:23)。本日の聖書個所でイエス様は悪魔から三つの誘惑を受けますが、それぞれ肉体、魂、霊に対する誘惑と言えます。
 
 第一の誘惑は40日断食ののち空腹になられたイエス様に対して、悪魔は「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」とそそのかします。これに対してイエス様は申命記8章3節の御言で拒否します。ここで「肉体を維持するパンよりも神の御言のほうが大事だ。聖書を読むことだ!」と考えるのは早計です。重要なことは「悪魔の声を拒否する」という点です。パンとは肉体の生命を維持する全ての必要の象徴です。私たちは「食べてゆけるだろうか」という恐れに縛られがちな存在です。「ほねおる者は飲食のためにほねおる、その口が自分に迫るからである(箴言16:26 口語訳)」しかしイエス様は「天の父が私たちを養って下さるから心配するな」と言われます(マタイ6:25~34)。悪魔の声を拒否し、主の御声に聴き従う者となりたく願います。羊は自分の羊飼いの声を知っている(ヨハネ10:3~5)とあります。日々、主の御声を聴いているならば、主の声か悪魔の声かを聴き分けることができるようになります。悪魔は恐れや不安で私たちを支配しようとしますが、主の御声に導かれるなら、たとえ嵐の中でも平安です。
 
 第二の誘惑は私たちの魂(=心、精神)に対する誘惑です。私たちは肉体的必要(衣食住)が満たされても、それだけでは満足できません。自分が認められたいと願う存在です。悪魔はそこを突いてきます。けれども、私たちは天の父の子とされた存在です。万物の支配者、王の王なるお方が私のお父さんです。地位、名誉、人からの評価で保証してもらう必要はありません。正しいアイデンティティを持ちましょう。それが私を誘惑から守ります。

 第三の誘惑は霊の領域です。「神を試す」とは「神を疑う」ということです。私たちは「神は本当に約束を守ってくださるだろうか」と疑ったり、試したりする必要はありません。ここで悪魔は御言を使って攻撃してきました。イエス様も御言で退けました。何が違うのでしょうか? 父の心を知っているかどうか、です。たとえ聖書の言葉であっても父がどういう方かを知らないと、曲解してしまいます。日々、主との交わりの中で生きてゆきましょう。

 主イエス様は悪魔のこれら三つの誘惑に勝利されました!今や私たちは自分の力で闘うのではなく、主の御力によって勝利するのです。この闘いは主のものだからです。

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